落ち目
最近は実況っぽく感想書いているヒロップです。
塩野さんのローマ物語は色々勉強になります。想像力さえあれば一冊で三冊別ジャンルを読んだくらいの気分になれる!(言い過ぎ?) でもまぁ歴史、政治、経済と、全てにおいて考えさせられる。また文化や民族学なども混じってるので、自然と政治の難しさが解る。
それにしてもカエサル死んでから何か大事なものが失われたような雰囲気が伝わって来る。でも、それでも当時のローマ人は優れたセンスを持っていたと思う。彼らの生きた時代は理論よりも人間の感性が先行していた。合理的な考え方に勝る、その地における絶対的価値観。広く地中海全域の異なる文化を融合してしまおうというローマ人の考え方は、当時としては最先端だったに違いない。
さて、ここにきて宗教などが何を成してきたかが見えてきて興味深い。要は生活における行動・考え方の規範を与えるのが宗教の役目なのかもしれない。でもそれは自然の(神秘の)力を畏れ、それを克服するのではなく共存していくという概念が受け入れ易い状況であった近代以前ゆえ。昨今は科学が全てを暴く勢いなので、宗教?神?いつの時代だよw という世界の潮流だろう。
今時、というかこの国ではバカを騙して金を掠め取るだけの宗教ばかりなので、宗教に対してネガティブにしか考えられない地盤があるが、やはり本質思考の究極は、他国・他文化との比較、客観視の常時見直し、人間の心に迫る哲学や倫理、文化の理解とそれぞれへの寛容だと思う。
なんだこの纏め方は。なんか難しい言葉並べてみました的な。別にかっこつけるつもりは毛頭ないのだが。最近カエサルのクレメンティア[寛容]がいかに先進的で合理的な考え方かをかみしめている。そしてその考え方は見事に自分にマッチする。あとは現実との兼ね合いだ。理想ばかり見るのは青年後期(Juventus)までなのかも・・・しれない。
世の中には悪意ってものがあってね・・・これに鈍感な人は頭の中がお花畑になっちまうのさ。悪意が何から生まれるか、なんて愚問はいらない。心理学をかじればいいだけのこと。最悪なのは「これら教養を学んでも仕方がない」と思わせる社会が存在すること。
まさに今のわが国である(笑)
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